2017/10/19

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寒い雨の日には読書に限る。
日曜日、月曜日、と外出し、写真も結構撮っていて、それをアップすべきなのに
なかなか取りかかれません[E:sweat01](腰が重い昨今)

やらなきゃなあ〜と思いながら課題もちっともはかどりません。
読書は、サクサク進む。。。これって中学生の頃の中間テストの前みたいだね。

著者の南木佳士(なぎ けいし)さんは、ブックカバーの著者紹介欄によると、
1951年、群馬県生まれ。長野佐久総合病院に勤めつつ地道な創作活動を続けている。89年、「ダイヤモンドダスト」で第100回芥川賞を受賞。

という、内科医で作家、というなかなかの経歴の持ち主であるのですが、芥川賞受賞の翌年あたりから、心身のバランスを失って苦しみます。
ブックカバーの後ろにある、本の内容紹介を引用すると、
『うつ病に苦しみ、老父の介護に疲れた家主のもとへ現れた野良の子猫、トラ。
子供達の懇願でしぶしぶ家に入れてから15年、家主が病いと折り合いを付けたのを見届けたかのごとく逝った。   共に生き延びた愛猫への思いを綴りつつ、ある家族の、ささやかだけれどかけがえのない苦闘と再生の年月を描ききった名作。

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...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

・猫と暮らしている
・年齢がこの本の作者の過ごした年月とオーバーラップしている
この2点で、大変感動しました。(そうでなかったら、感情移入の度合いがもっと低いと思う)
著者が、霊柩車を見送るときに抱いた感情
  「永遠の不在は、遺された者の内に不在というかたちで残る。そして、それも遺された者の永遠の不在によって消滅する」
  という言葉、印象的でしたが、この言葉は、さらに続きがありました。

そのまま引用すると、
(中略)、昼ごろ、まとまらない想いを、永遠の不在、遺された者、のキーワードに集約し、診察用のパソコンに打ち込み、心身がいくらか落ち着いた。
 しかし、しばらく画面をながめているうちに、これはどこかで読んだ内容だと気がつき、昼食用のサンドイッチを食べながら医局の本棚に置いてあるマルクス・アウレリウスの「自省録」を開いてみたら、
「すべてかりそめにすぎない。おぼえる者もおぼえられる者も」
という一節を見つけた。 われ独りのつもりの心情がすでに2000年ほど前に、より簡潔に表現されているのを目の当たりにし、いま生きている以上の価値のない身を再確認し、改めてしっかり味わいながらサンドイッチを咀嚼するべく努めた。
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科学技術の格段の進歩発展の一方で、古代ギリシャ・ローマと比較しても、人間の心とか人の社会性に関する事柄は、さして代わり映えしないのかもしれない。
 

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